オードリー・ヘップバーンの人生と人間性を描いた映画『オードリー』

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オードリーヘップバーン

高校生の時に観た「ローマの休日」の感動はいまだに忘れられません。気品があるのにお茶目でチャーミングな王女様。

その後も『麗しのサブリナ』など人気映画の主役を演じましたが、晩年にユニセフの親善大使として紛争地帯の子供たちを訪ねている写真には、別の意味で感動しました。

この映画は、本人の語った映像、息子、孫、友人などオードリーと深く関わった人々の話、そして3人のバレリーナの踊りで構成されています。

オードリーは1929年5月4日にベルギーのブリュッセルで生まれます。父はオーストリア系イギリス人、母はオランダ貴族の家柄です。彼女が6歳の時、父は家を出ていきます。その事がオードリーの人生に影を落とします。

母は3人の子ども達を連れてオランダに帰り、そこでオードリーはバレエを習い始めます。バレリーナを目指すも、第二次世界大戦のため栄養失調になり、国連のユニセフの前身による食料配布を受けます。身内も戦死します。この体験が晩年のユニセフへの貢献になったと思われます。

戦後アムステルダムに住み、バレエを再開します。そこから舞台や映画への出演が始まり、「ローマの休日」のカメラテストに合格します。

デビュー作でアカデミー賞主演女優賞は初めての快挙。その後メル・ファーラーと結婚。長男ショーンを授かりますが、10年ほどで離婚。この息子とその娘である孫が度々登場して語ります。

その後イタリア人医師と2度目の結婚をしますが、女性問題が多くて10年ほどで離婚。晩年は良い伴侶を得て、スイスの別荘地で過ごします。

そして、ユニセフ大使として世界の紛争地を訪ねます。彼女の名前で多くの資金が集まったことを本人が喜びました。

彼女の身近な人々の話から、意志が強く、当たり前のことを喜び、周りの人々への心配りが細やかで愛情豊かな人、という素晴らしい人間性が伺われました。

ところどころで涙をこぼしながら、凄い人生を過ごされた!と拍手したい思いです。

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