国立西洋美術館ができるまで『美しき愚かものたちのタブロー』(原田マハ)

美しき愚かものたちのタブロー

東京・上野駅を出てすぐにある国立西洋美術館。横長長方形のすっきりした建物はル・コルビジュエの設計です。門を入ると前の庭で、ロダンの「地獄門」「カレーの市民」「考える人」が迎えてくれます。美術館に入れば、常設展では松方コレクションが展示されています。特別展がなくてもここを歩き、絵をゆっくり鑑賞すると心が落ち着いて豊かになります。

この美術館ができるまでの長い道のりを、事実にマハさん得意の創作の色どりをつけた物語です。

川崎造船社長・松方幸次郎は仕事で海外視察を重ねるうちに、日本が列強の国々と肩を並べるには、本物の絵が飾ってある美術館が必要だと考えました。そこで若い美術研究家の田代雄一をパリに呼び、絵を買うアドバイザーにします。田代は松方の懐の深さ、豪放な性格に魅せられます。2人はたくさん名画を買います。パリの画廊たちの間では有名になりました。

たくさんの名画を預けたのは、ロダン美術館の中にある礼拝堂でした。その管理を頼まれたのは社員の日置でした。彼は絵を日本に送ろうとしたことがありますが、日本で100%の関税がかかると分かり、断念します。

日置はパリで一緒に暮らしている女性がいました。13年経ち、パリの西にあるアボンダンという村に古い農家を見つけて住みます。さらに年月が経ち、第二次世界大戦が始まります。ドイツ軍がパリに入る前にと、ロダン美術館に保管してあった絵をトラック3台で自分の住む古い農家の二階の納屋に運び込んで、鍵を掛けました。ここにドイツ軍が様子を見に来たり、妻になった女性が亡くなる場面は、ハラハラします。

松方氏は亡くなり、戦争も終わりました。しかしフランスに接収された絵を返してもらわねばなりません。吉田首相に頼まれて、田代は奮闘します。そして「返還」ではなく、「寄贈返還」ということで返してもらいました。唯、ゴッホの「アルルの寝室」とモネの「睡蓮、柳の反映」は返してもらえませんでした。

今、贅沢に見せてもらえる松方コレクションに、こんな苦闘の時期があったとは・・・。無事に国立美術館ができ、その中に納められて、美術を学ぶ若者ばかりではなく、日本中の人々が見ることができる幸せを、松方氏に感謝したいです。

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