小江戸と呼ばれる川越の街にある印刷所「活版印刷 三日月堂」(ほしおさなえ)

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活版印刷 三日月堂

川越観光案内所に勤める柚原さんは30代後半の女性です。英語も堪能で最近増えた外人客の対応も一人でこなしています。夕方になるとバイトの大学院生大西君他2人も誘って、4人で街をぐるりと6キロ走ります。すると、このところずっと閉まっていた元印刷所に電気が点いています。覗くと女性が出てきました。

大人になった弓子さんでした。子どもの頃は、ここのお爺さんに預けられていました。お母さんは亡くなり、お父さんは横浜で高校の先生をしていたからです。数日してから営業所も兼ねている柚原さんのところに、職探しをしていると電話がかかってきました。街のことをよく知っているので、営業所で働いてもらうことにしました。

お昼のお弁当を一緒に食べながら、柚原さんは息子の森太郎の大学進学祝いに何を上げたら喜ぶか相談します。本当は遠い北海道へ行ってしまうのが、寂しくてたまりません。大西君も呼んで聞くと「僕は親からもらったレターセットが嬉しかった」という思いがけない返事です。そういえば、柚原さん達の若いころ、三日月堂のレターセットは憧れでした。

数日後三日月堂を訪ねると、活版印刷機を見せてくれました。そして森太郎へプレゼントするレターセットを、深い緑色に摺り上げてくれました。森太郎の名前も入っています。とても美しいです。亡くなった夫が、世界は「森」だと言って付けた名前です。手紙も書いてお弁当と一緒に彼のカバンにいれました。

一週間後、そのレターセットで北海道へ行った森太郎から手紙が来ました。母へのお礼と、自分で決めた道を人の役に立つために歩いて行く、がんばるよ。と書いてありました。

その後三日月堂は、コーヒー―ショップのカードとコースターを作ったり、高校文芸部の栞を作ったり、文化祭に出張したり、大西君の結婚式の招待状を書いたり、大繁盛です。

*活版で印刷した文字、ぬくもりがあるでしょうね。

著:ほしお さなえ
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