人々の揺れ動く心の内を描いた『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな)

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彼女が天使でなくなる日

・千尋は、星母島で育ててくれた政子さんのやっていた民宿を切り盛りしています。15歳までこの九州北部の人口300人の島で育ち、その後本土へ行って高校を出て、福岡県内の保育園で2年勤めていました。去年、大阪で料理人をしていた麦生を連れて帰ってきて、この民宿に託児所を備えました。

・理津子は、子育てに全く参加してくれない夫と、抱っこ紐の中で揺られないと寝ない赤ん坊の達樹にほとほと疲れ、その上夫の母からは「二人目はまだ?」とせっつかれて、ムカッとします。そんな折、「母のための安らぎの時間、星母島」と書かれたチラシを目にして、新幹線と船を乗り継いで、やってきました。

『民宿 えとう』は山沿いの道をしばらく歩いてから松林に入った所にあるごく普通の民宿です。驚いたのは、達樹がすぐに千尋になついたことです。赤ん坊を預けて、麦生の案内で名物と言われている母子島を見に行きます。大小の岩が並んでいるだけでした。そこで倒れます。夜、目覚めると、千尋が託児所に案内してくれました。驚いたことに達樹がベッドですやすや寝ていました。

朝食は暖かい野菜スープとフレンチトースト。誰かに作ってもらう食事はすごく美味しいです。胃だけではなく空っぽだった部分がだんだん満たされていきました。そして夫ともっと話し合おうと思います。

・伊岡母と娘が泊まりに来ます。母はよくしゃべり、娘は島へ来たというより婚約者の家に挨拶に行くようなお上品な洋服を着ています。年は千尋よりも一回り上の39歳だそうです。母子岩へ行きたいと言うので、案内します。娘は頭を垂れてじっと祈ります。母は、「この子は私の天使、結婚して13年なのにまだ子供ができないの。何としても産ませてあげなくちゃ」言います。千尋は呆れます。先に宿へ帰ったはずの母は見当たらず、娘は泣き出します。医師のシロウさんが見つけて車に乗せてきてくれました。「お灸をすえてやるんだと言っていたよ」と教えてくれます。千尋は娘に「天使のままでいいんですか?」と叫びます。翌日、2人は麦生に送られてフエリーで帰っていきました。

・麻奈と絹という友達だという女性2人が泊まります。30代後半でしょうか。高校時代、友達がいなくて1人でいた麻奈に初めて声をかけてくれたのが、絹でした。麻奈には健斗というボーイフレンドがいました。ところが喧嘩をしてしばらく会わなかった彼とばったり会ったら、絹と手を繋いでいました。彼は麻奈とはもう終わったと思い、絹は友達の彼である健斗が好きだったのだそうです。2人はその後、結婚しました。絹が流産したと聞いて、麻奈は旅に誘います。

民宿の部屋で絹は具合が悪くなります。シロウさんの診療所に連れて行ってもらうと、妊娠初期だと分かりました。麻奈は千尋に自分の黒い気持ちを話します。千尋は「友達を良いものだと思い過ぎではありませんか?人をあんまり信頼してはいけません」と言います。2人は別々に帰って行きました。

・政子さんの孫のまつりは高校の同級生との間に子どもが出来て、政子さんと千尋に預けています。その陽太は2歳になり、麦生が大事にしてくれています。麦くんが父親だったらよかったのに、と、千尋に温かい眼差しを送る麦生に妬いています。千尋とは姉妹のようにして育ちました。貰い子の千尋の方が何でもまつりに譲ってくれました。遠慮していたんだと思います。実際は千尋はまつりを守っていました。

・星母島が故郷の孝喜は、癇癪持ちの2歳の娘を連れて帰ってきまし。キーキー泣き出したら止まらないひかるに疲れて、妻は療養中です。『民宿 えとう』に着くと、ひかりは素直に千尋と手を繋いで行きました。まつりが「子どもの将来の全責任を負わねばならないって、怖くないですか?千尋ちゃんが子どもの相手がうまいのは、しょせん他人だからです」と言います。

・ライターの三崎塔子が、千尋の父が会いたがっている、と言います。そして千尋のここまでの人生を本にしたいと申し出ます。千尋は断りますが、相手もしつこいです。そこへ政子さんが現れて、「千尋はこの島の子だよ!帰れ!」と言って、コップのお酒をかけました。

・理津子は、本当に夫を伴って訪れました。前よりもずっと明るい顔をしています。母子岩に2人目の子どもを願うそうです。千尋は「麦生は通信教育で保育士の資格を取るそうです。ここでずっと働くために」と話し、翌朝のために理津子の好きなフレンチトーストの準備を始めます。

*母を亡くし、父にも捨てられた千尋が、もの事をしっかり見、幼い子どもたちに愛情を注げる女性に育って、周りの人々に何かを与えていく姿が、頼もしいです。そんな彼女を愛して支えている麦生のやさしさにもじ~んと来ました。

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