仲間からのアドバイスが効く『大事なことほど小声でささやく』(森沢明夫)

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大事なことほど小声でささやく

 6編の短編から成る物語です。すべてに関わるのは「ゴンママ」と呼ばれる優しくて愉快な大男・権田です。

1.本田宗一

45歳のサラリーマン。高校生になった一人娘のことで悩んでいます。シェフになりたくてフランスに留学を希望しています。しかし父親としては心配で反対しています。ぎくしゃくしている家庭内が居心地悪く、スポーツクラブのトレイニングジムに通い始めました。そこで、ゴンママと出会います。彼の経営するスナックで他の仲間とも出会い、気持ちがほぐれていきます。「家族はときにはきずつけあってもいいの。仲直りしたときに、それまで以上に深い絆でつながれるものだから」

娘は日本のレストランで修行することにしました。

2.井上美鈴

25歳の売れっ子漫画家。助手を1人雇って、寝る間も惜しんで書き続けています。遊びらしい遊びもせず、やっと4年前からジムに通い始めました。茨城の実家からは、定期的に畑で取れたての野菜をぎっしり詰めた段ボールが送られてきます。一番最近の箱の中には、母からの手紙の最後に”たまには母の手料理を食べに来てください”と書かれていました。そんな徹夜続きのある日、ジムで右手の人差し指を骨折してしまいます。担当の編集者からは「今回だけ、助手に書かせたら・・・・・・」というアドバイス。けれど、それは断ります。助っ人に来てくれたゴンママと助手が作ってくれた実家からの野菜カレーを美味しく食べながら、思うところがありました。「親孝行って、お金を送るだけじゃないの。手料理を食べてくれるのが、うれしいのよ」ゴンママの言葉に、久しぶりに帰りたくなります。

思い切って休載にしてもらい、助手には特別休暇を上げ、実家でゆっくりします。病気療養中の父も喜んでくれました。

3.国見俊介

高校生、16歳。特技は紙飛行機を作って飛ばすこと。両親は離婚して、今は商社マンの父と暮らしています。お小遣いだけは十分もらっていますが、心は満たされていません。大人も学校もみんなサイテーだと思っています。ただ、このジムに来ている大人たちは、正直な人たちだと感じています。ある日、小学6年の時に転校していった気になる女の子が入って来ました。2人はメルアドを交換し、彼のトレーニングにも力が入ります。ある日の帰り、ゴンママのお店に連れて行かれ、「好きな人にはすぐに告白しなさい」と口々に言われます。ところが、彼女はまた引っ越すことになりました。彼女の最後のレッスンの日、彼は丁寧に折った紙飛行機を、去って行く彼女目がけて飛ばします。ゴンママのお店へ行って、ニンニクで味付けした焼きうどんをご馳走になります。そして「誰かを愛して失った人は、何も失ってない人より美しい」と言われます。

そして最後に彼女と食事をして別れることに。「小学生の時も今度も紙飛行機で告ってくれたわね」と彼女は嬉しそうにして去って行きました。学校のクラスに初めて紙飛行機について話せる友達ができました。

4。四海良一の蜻蛉

歯科医師の四海はジム仲間の歯の整備と治療も引き受けています。明るく冗談を飛ばしている彼には、1人娘を小児癌で5歳の時に亡くしたという悲しい過去があります。家でも面白おかしい話をぺらぺら絶え間なくしゃべっています。娘が亡くなってからは、開いたばかりの歯科医院の経営もあり、妻は明るく振る舞って彼を支えくれましたが、彼は自分の心の葛藤を全部妻にぶつけていました。それからは喧嘩が絶えなくなり、妻は泣いてばかりいるようになり。彼は絶えずしゃべり続けるようになりました。気を紛らわすためにゴンママの店で飲んでいると、「先生に必要なのは、寡黙じゃない?」と言われます。娘の3回目の命日、彼は妻を車に乗せてお墓参りに行きます。道中妻は「そんなにしゃべらなくていいから」と言います。お墓の前で泣いていると、「もういないっていう事を受け入れなくちゃ」とも言われます。

泣きたい時は泣けばいい、不安なときは不安がればいい、不自然なおしゃべりは止めます。そして妻をゴンママのお店に誘い、仲良く飲みます。

5.末次庄三郎

社員4人の小さな広告会社の社長。下ネタの得意な70歳です。依頼された老人ホームの広告の制作に苦慮しています。50歳になろうという気の強い女性とおとなしくて体の弱いアラフォーの女子には向かないだろうと思っています。残りは20代の男女2人。ゆとり世代で、日本語もきちんとしていません。心配ながらも任せることにしました。気晴らしに夜、ゴンママのお店に行きます。そこで行き交う気楽な会話にホッとします。「他人は変えられない。変るのは自分」と言われます。若い2人を夕食に誘い、トイレに立って戻ってくると、2人の話し声が聞こえました。「どうして老人ホームを引き受けたの?」「じいちゃん、ばあちゃんって優しくってよかったから」「私もよ。恩返しのつもり」 なんだかじーんときました。しかし広告マンにとってはクライアントを大切にすることが大事だと話し始めると、2人ともそそくさと食事を済ませて帰ってしまいました。ゴンママのお店に行って愚痴ると、バーテンダーのカオリちゃんがいつものようにぴったりのお酒を作ってくれました。オールドファッションド。「1人で突っ走っていないで、たまにはスローな人材を混ぜてみる」というアドバイスをもらいます。ところが、老人ホームの広報担当者から「あの2人を担当から外してほしい」という怒りの電話がかかります。2人を連れて謝りに行きます。ところが、2人は「嘘は書けません。自分のじいちゃん、ばあちゃんをここに預けたくありません」と言います。ホームの老人たちも「この人たちは悪くない」と加勢してくれます。

仕事は1つ失いましたが、気分は爽やかです。

6.権田鉄雄の阿吽

スナックを経営し、ジムでは初心者の指導までする権田は、お店から歩いて15分の2DKマンションに1人で住んでいます。2mもある巨体のオカマに相手はいません。1人ベッドに入ると過呼吸になったりします。ある日、開店準備に入ろうとお店の階段の上に行くと、ビール箱2個の配達が来ました。「今日は任せて!」と持ち上げたとたん、足が滑って、ガッシャーン!!お店の中からカオリちゃんがびっくりして飛び出してきます。救急車で運び込まれた病院の医師の診断は「打撲、頭部裂傷、腰椎捻挫。数日入院」。仕方なくお店はカオリちゃんに任せます。

退院しても自宅のベッドで安静に。いつもの仲間やお客さんからたくさんのメールが届きます。お店が終る時間にカオリちゃんが黒猫を連れて見舞いに来ます。シャンディガフ(ビールとジンジャーエール半々)を作って「ママの阿吽に乾杯!」と言いました。カオリと初めて会った日に言ったそうです。高校でいじめられ、母親からはかまってもらえないカオリは池の中に立っていました。助け上げ、「済んだことや未来を心配するのではなく、阿吽・今の一瞬をしっかり味わって生きること」とアドバイスします。数日後「このお店で働かせてください」と言って来ました。それからはカウンターの中で常連たちにお酒を作り、皆の人気者です。

数日後お店に出ると、いつもの連中がクラッカーを鳴らして迎えてくれました。皆に喜ばれ、自分も嬉しいのが、アタシ。

この気が優しくて大きな男は、いいことをさりげなく言いますね。

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