題名になっている話は最終章で、全部で五つの山行話です。
「九月の五日間」
主人公はある雑誌社の副編集長、30代後半の女性です。山登りにハマったきっかけは、ストレスの溜まっているときに同僚の女性から山行に誘われます。
大菩薩峠傍の滝子山へ紅葉を見に出かけます。細い涸れ沢で見た紅葉のアーチからの木漏れ日に涙腺がゆるみそうになりました。
それからは、ほとんど1人で低山を歩きます。そして北アルプスの燕岳から見た槍ヶ岳に心を打たれます。
ここからが本番。九月の終わり近い三日間で槍ヶ岳に登って帰る話です。
山で出会って嬉しい人:通じ合う会話ができる人。山で口にして美味しかった物:合戦小屋で冷えていたスイカ、燕山荘の食堂で出たカツカレー。昔から見たら、なんという贅沢!
サブザックに必要な物だけ入れて、燕岳山頂へ。そこから尾根伝いに大天井岳へ。空と山々を独り占めです。
バルトークが好きという麝香鹿に似た20代後半の女性と一緒になります。彼女と励まし合いながら大天荘に着きます。8人部屋に2人で入れました。寒くて布団2枚掛けて寝ます。
麝香鹿さんは翌朝3時に出て行きました。羊羹を丸ごとかじりながら登るそうです。
主人公はアップダウンの続く道をはしごに頼り、登ったり下ったり、へとへとになります。その夜はヒユッテ大槍に泊まります。
翌日はいよいよ本命の槍ヶ岳に登ります。道は銀座並みの混雑、登り始めると怖いです。やっと着いた頂上は霧で何も見えず、すぐに下ることに。
小雪がちらつき始め、寒いです。だんだん薄暗くなってくるのに、ヘッドランプを忘れてきました。気ばかり焦り、やっとヒュッテ大槍に戻れました。
「二月の三日間」
雪の裏磐梯へ。初めてのカンジキ体験。案内人3人に感心します。
「十月の五日間」
山へ行くときの荷物に、必ず文庫本を3冊入れます。精神安定剤です。上高地の奥にある徳澤園から蝶ヶ岳を経て、常念岳へ。別れたカメラマンの夫との事などを思い出します。蝶ヶ岳ヒュッテでマイペースのヘンクツさんと出会います。彼女は麝香鹿さんの事を知っていました。勤め先は東京の大型書店と。
「五月の三日間」
大型書店に勤める麝香鹿さんと会えたことや、同僚の藤原さんがやさしいご主人と可愛い子どもに恵まれていることなどが描かれます。
五月といっても山は寒いです。茅野駅からバスに乗って麦草峠へ。そこから雪の白駒池を通り、高見石小屋へ。雪が降り、雷が鳴り始めます。お客が1人なので、小さな個室に入れました。持参した歌集を読んで寝ます。
翌日は晴れましたが、昨日乗ってきたバスは走ってないため、歩いて岩だらけの賽の河原を下り、大自然の中の1人をかみしめます。2時間以上かかって渋の湯に着き、広いお風呂を独り占めして、タクシーで茅野駅へ。痛い出費でした。
「八月の六日間」
夏の休暇、槍ヶ岳を反対側の富山から登ることにします。富山でビジネスホテルに泊まり、翌朝4時半起床。折立の薬師岳登山口まで、バスで⒉時間かかります。丁度8時に登り始めます。風景は関東に比べてより深く大きいです。花々の咲く急な草原の道を登ります。1時過ぎに太郎平小屋に着きます。鰤寿司とおでんで昼食。そこから川を渡ったり雨に降られたりして、5時前に薬師沢小屋に着きました。
翌日は森の中の岩場の道を滑りながら登ります。ブヨにも襲われます。難行苦行の末、ようやく雲の平に到着。疲れすぎて素晴らしい眺めにも浸れません。雲の平山荘で昼食。峠を下り、草原を抜け、森の中の急な下りにぞっとし、3時半に高天原山荘に到着。荷物を置いて温泉に行くと、なんと、麝香鹿さんと会います。剣岳に登ったと言います。二日目は水晶池を通り黒部源流から沢ぞいに下っていきます。咳が出始め、体調が悪くなってきたので、予定より手前の三俣山荘へ。遙かにくっきり槍ヶ岳が見えます。麝香鹿さんを見送って、午後はゴロゴロしながら読書です。夕食はジビエの鹿肉シチー。元気になりました。最後の日、まだ咳は止まりませんが、5時に出発します。三俣蓮華、双六に登り、双六小屋で休憩。そして下ります。鏡平山荘は鏡池という大きな池の前にあります。槍ヶ岳が美しく映っています。4時半、わさび平小屋に着きます。微熱が出てきて、新穂高温泉で泊まります。翌日は午前中寝ていて、午後一番のバスで松本へ。そして馴染みのあずさで帰宅しました。
解説によると、著者は山登りをしないそうです。取材だけでこんなに臨場感のある物語を書けるのですね~。これは上級者向きの登山なので、くれぐれも真似をしないようにと。そして、人生における辛いことや悲しいこと、取り返しのつかないことと向き合っていく人間の姿を伝えたかったそうです。
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