人付き合いの大切さに気付かされる『傑作はまだ』(瀬尾まいこ)

書評の記事には紹介のため広告リンクが含まれています。
傑作はまだ

加賀野正吉は大学4年の時に書いた小説で新人賞をもらい、それ以来作家として50歳まで暮らしています。

1人にしてはかなり広い家の一室にこもり、毎日パソコンに向かって文章を綴っています。人と接するのは編集者との打ち合わせのときのみで、近所付き合いもしていません。

そんなある日、とつぜん息子の永原智と名乗る若者がやってきます。新しいコンビニができる間、この近くのコンビニに勤めるので、その間だけ住まわせてほしいと。人なつこく、できたての大福を皿にのせて、お茶も入れてくれました。

息子の存在と顔は知っていました。大学を出て2年目の秋、学生時代の友人が飲み会に誘ってくれました。そこで出会ったのが顔は美しいが中身は空っぽと感じた永原美月でした。彼女に「小説を書いている人の部屋がみたい」と言われ、案内して、酔っ払っていた勢いで関係してしまったのでした。

3ヵ月後、彼女から「妊娠した。とりあえず生むわ」と言われます。真面目だった男は悩みます。好きでもない女と一緒になるなんて、人生は真っ暗だ。何度か2人で話し合った結果出したのは、彼女は1人で子どもを産んで育て、彼は毎月10万円振り込む、と言う取り決めです。彼はそれを忠実に守りました。すると振り込んだ3日後ぐらいに、受け取りのメモと子どもの写真が送られてきました。ですから息子の顔はよく知っていました。

お互いの生活の時間差であまり会わないものの、二階の一部屋に住み始めた息子の入れてくれるコーヒーの美味しさと、気配りには内心感心します。その上、自分が人付き合いの常識がないことにも気付かされます。

息子のせいで(おかげで?)町内会にも入ることになり、知り合いも増えます。小学校の体育館で行なう秋祭りにも古本売りで参加します。智のコンビニの店長さんにも紹介されます。

秋が深まって冷える日、店長さんポカリスエットとゼリー飲料を持って訪ねて来ました。「風邪はいかがですか?」と。同じ家にいるのに、智が風邪で寝ているとは気付きませんでした。二階の一室を開けると、智は布団で寝ていました。ポカリスエットを喜んですぐに飲みました。自分は20歳過ぎてから病気や怪我をしたことがない、どうしたらいいか?

知り合いになった森川さんの家に出かけます。そこで土鍋と畑の野菜と筑前煮を頂いて、帰ります。もう起きていた智とお鍋一杯に野菜と鶏肉をいれて、ポン酢で美味しい食事をします。智の風邪も快方に向かっています。

来た時と同様に、突然「明日帰ります」と言われて驚き慌てます。まだまだこれからだというのに・・・。やっと1日だけ伸ばしてもらいました。その日はショッピングセンターへ行き、彼の好物というかりんとうと揚げ出し豆腐を買ってきました。机の上に並べられた食べ物を見て、智は揚げ出し豆腐から食べ始めました。そして「俺のことをもてなしてくれてんだね」と嬉しそうに笑いました。その笑顔だけで十分でした。

何も聞かず何も言われなくても、智がきちんと育てられて来たことは分かりました。彼は「じゃ、また」とあっさり言って帰っていきました。

その後作家は、28年も会いにいかなかった70代の両親を訪ねます。そこで、美月は智が5歳の頃から連れて毎月訪ねてくれていたことを知ります。智が成人してからはもう少し数が減ったそうですが。そして「彼の小説が好きだったから、新しく出る本を読むだけで十分」と言ってたことを知ります。

結末は、ほんわり心の温まる出発です。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA