15歳の少年の愛した女性は文盲の戦争犯罪人『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク 松永美穂訳)

朗読者

体調の悪かった15歳の僕は、バーンホフ通りで吐いてしまいました。その時にてきぱきと対処して家まで送ってくれた女性がいました。それがハンナ・シュミッツとの出会いです。

彼女はアパートの4階に住んでいて、市電の車掌をしている30代の女性でした。お礼に尋ねた日から、ベッドで抱き合う仲となります。彼女はたくましいというか豊満な肉体をしてよい匂いがしました。

彼女の空き時間に合わせて、授業をさぼってまで彼女のところに通うことに罪悪感を感じながらも、彼女の魅力には抗えませんでした。そんなある日、僕の持っている本を読んでほしいと言われます。それからは様々な本を選んで、訪ねるとすぐに本を朗読する時間になりました。ベッドに入るのはその後です。

一度彼女と自転車旅行をしました。ホテルに泊まって、早朝花を買いに行こうとして、ちょっと外に出ることをメモに書いて出ました。ところが帰って来ると、彼女が「なぜ黙っていなくなるの?」と怒っていたので、「メモを残していたでしょ?」と答えて探したけれど、メモ用紙はなかったという出来事が印象に残っています。

僕の家族が一週間留守にする間、留守番を頼まれたことがありました。その時、ハンナを招待しました。彼女は家の中をくまなく見て回り、父親の書斎のたくさんの本棚の前ではしばらく立ち止まりました。けれどベッドを共にしませんでした。

そんなある日、ハンナは突然いなくなりました。アパートは空っぽ、市電の人事課を尋ねると、運転手になる資格を取らせようとしたのを断って、辞めていったということです。

ハンナとの思い出を胸の底にしまって、大学の法科に入学しました。その授業の一環で、ある裁判を傍聴することになりました。その被告の一人がハンナでした。彼女はしっかり立って「わたしはヘルマンシュタットで生まれ、今43歳です。1943年に親衛隊に入りました」とはっきり答えました。若い弁護士はあまり頼りになりそうもありませんでした。

彼女は看守として採用され、アウシュビッツで働いていました。主な起訴理由は、衛兵と看守たちはある村の教会堂の中に何百人もの女性囚人を閉じ込めました。そこに爆弾が落ちた時、カギを開けなかったので一組の母娘以外全員が焼け死んでしまった、ということです。ハンナは裁判長に「あなただったら、どうしますか?」と尋ねます。そういう質問は違反でした。

他の被告人の女性に「報告書を書いたのはこの人です」と言われ、認めました。そして有罪になりました。

僕は彼女が文盲で報告書は書けないということを裁判長に訴えに行こうかと悩みました。けれど、彼女がひたすら隠そうとした自分の恥ずかしいことを、勝手に暴露してよいか迷い、やめました。

大学を出るとき、裁判官や弁護士になるつもりはありませんでした。そこで、教授に誘われるまま,法史学者になりました。僕は『オデッセイア』を読んでカセットテープに入れ、刑務所にいるハンナに送りました。ケラーやハイネも読みました。送り続けて4年目に彼女からの挨拶が届きました。「坊や、この前のお話は特によかった。ありがとう。ハンナ」。力を込めて一字ずつ書いたのがよく分かりました。テープを送り続ける僕にくる手紙の字も次第に上達していきました。

そんなある日、刑務所の所長から手紙をもらい、ハンナの身請け人になることになりました。彼女の住むアパートと仕事を決めました。そしてハンナに会いにいきます。刑務所で何十年ぶりに見るハンナは、灰色の髪の毛で顔は深いしわが刻まれ、老臭がしました。「大きくなったわね。坊や」と言われます。「手紙うれしかったよ。迎えにくるね」と言って別れます。

電話で、恩赦の日が決まったので迎えに来てくださいと、言われます。けれど僕が迎えに行く前に彼女は自死しました。彼女の部屋に案内されると、僕の送ったカセットとそこに吹き込んだ本が並んでいました。彼女は僕の朗読を聞きながら、その本を読む努力をしていたのでした。それから僕がギムナジウムを卒業する時の写真が載った新聞もありました。どうやって手に入れたのでしょうか? それから遺書がありました。銀行の7000マルクと缶の中にあるお金を火事になった教会から逃げてニューヨークにいる一人の女性に渡してほしい、と。

僕はその後ニューヨークで彼女と会い、お金を渡そうとしますが、「私は缶だけいただきます。お金は文盲の方の団体に寄付してください」と言われました。僕はそのようにして、領収書をハンナのお墓に手向けました。

初めの甘美な気分を味わってからの深刻な内容に、圧倒されました。そして微妙にすれ違う二人の感情に胸が痛みました。ドイツをはじめ、世界中でベストセラーになったことには、深く納得しました。

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