昭和の大女優と若者の情愛『ミス・サンシャイン』(吉田修一)

ミスサンシャイン

岡田一心は大学院生です。ゼミの教授からアルバイトを紹介されます。「力のある男の学生を」と頼まれて、ちょうどバイト先が無くなったところの一心は引き受けます。

相手は昭和の大女優・和楽京子。本名石田鈴。現在は80代。尋ねた先は北の丸公園に近い立派なパレスマンションです。迎えてくれた大女優は、元気で気さくな肌のきれいなおばあちゃん。「鈴さんと呼んで」と言われます。仕事は別の場所にある部屋の片付けでした。

もう一人昌子さんという元マネージャーで本音でしゃべるお手伝いさんがいました。二人の会話は仲が良いのか悪いのかわからない姉妹のようです。ポンポン言い合っています。その中で片付けを始めました。

それから一心は和楽京子の映画をパソコンに保存して見始めます。『須崎の闘牛』では真っ赤なワンピースで挑発的です。客の男たちを手玉にとってお金をためます。そのお金を持ち逃げされそうになって、半裸になって追いかけるシーンがすさまじいです。そして中華そばからステーキまでさまざまな物を食べるシーンがどれもおいしそうで、気に入りました。

敗戦の色濃い1950年代のこと。カンヌ映画祭に招待された千家監督、和楽京子主演の『竹取物語』が、作品はグランプリ、和楽京子が女優賞を取りました。日本中が大騒ぎしました。昌子さんの話によると、京子は飛行機で和服に着替え、美しい姿でタラップを降りてきたそうです。それからは寝る間もないほどの人気女優になりました。

1950年代の終わりの3年間、ビバリーヒルズに立派な家を構えて、蝶々夫人の焼き直しのような『さくら、さくら』という映画に主演し、アメリカで受けました。人気俳優のリチャード・クロスが彼女にご執心でしたが、アメリカの会社の反対で結ばれませんでした。主演女優賞にもノミネートされましたが、ダメでした。彼女のキャリアとして残ったのは、イタリア映画『女たちの愉しみ』。主役の老いた詩人がその人生で出会った女たちを思い出すというもの。京子はインドシナの裕福な家庭の娘。雨の中、裸足でびしょ濡れの白いワンピース姿。この詩人の代表作「裸足の女」を詠むシーンです。

この時、アカデミー賞を取ったら話すはずのスピーチの原稿を、晩年に一心に預けました。

アメリカで呼ばれたミス・サンシャインという呼び名は好きではありませんでした。日本に戻って活躍します。映画界が斜陽になっても鈴さんはテレビに移らずに残ります。そのころ年下の二枚目と結婚しました。けれど彼が不祥事を起こしたため、別れて、それからはテレビのホームドラマで活躍します。そして舞台で主役を張るようになります。

鈴さんとの資料整理も終わり、部屋は片付きました。昌子さんが階段を踏み外して骨折したため、鈴さんは広い家に一人です。そのころ一心は好きで付き合っていた女性の、別れた夫への未練を目撃して傷つきます。そして彼が小学5年生の時に亡くなった妹のことを思い出します。鈴さんの元を訪ねてすべてを話して泣きじゃくりました。鈴さんは温めた手の平を一心の胸に押し当てます。「寂しくてしょうがないときは、この膻中(だんちゅう)というツボを押さえるの」と言います。体が温まって落ち着くと、「もう大丈夫」と言いました。

鈴さんと一心も故郷は長崎でした。鈴さんは原爆で親友の美しい少女だった佳乃子を亡くしました。一心は友人の結婚式に出るため帰郷した折、二次会でおばの母が林佳乃子だったという友人に、会えるように計らってもらいます。娘の寿子さんは「鈴さんは毎年母の命日には電話をくれるのよ。もう50年以上経つのにねぇ。」と話し始めました。

進駐軍のカメラマンだった日系のジェームズ野田が撮った二人の美しい写真がありました。佳乃子は結婚していたので、鈴さんのほうを映画に入るよう誘ったのでしょう。しかし上京して間もなく鈴は病に伏せます。看病に行ったのは、ご主人の許可を得た佳乃子でした。3か月の献身的な看病で、鈴は回復しました。東京や鎌倉を見物してしばし楽しい時を過ごします。ところが、佳乃子は長崎に戻って娘を生んだ後、原爆症を発症して28歳で亡くなりました。

軽井沢の別荘に持って帰りたい物があると頼まれて、一心は立派な車を借りて鈴さんと2時間ほどのドライブを楽しみます。別荘には友人の絵かきが住んでいました。友人が眠った深夜、一心は暖炉の前のソファに座っている鈴さんの隣に座ります。そして手を握りました。「年寄りは手を握られるのはいやなのよ」と言っていたのを思い出しますが、その日はしわのある小さな手を預けます。一心の気持ちをすっかり知っているようでした。

一心は、就職し職場結婚をして間もなく子供も生まれようとしているある日、テレビのニュースで和楽京子の死を知ります。一心にとっては彼女と過ごした時間が光輝いて思い出されました。そして預けられたスピーチの原稿の「彼女は亡くなり、私は生きた」という文面が、よみがえりました。

著:吉田 修一
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