クリスマスにまつわるお話『わが心のクリスマス』(パール・バック 磯村愛子訳) 

わが心のクリスマス

*クリスマスにまつわる14編のエッセイから3編を選びます。

「遠い昔のクリスマス」:遠い昔、中国北部の古い町で初めて夫と二人だけのクリスマスを迎えようとしていました。夜中の12時ごろ玄関で小さなノックの音がしました。こんな時間にだれだろう、とそーっとドアを開けると、中国人の幼い子が立っていました。痩せてひどい身なりでしたが、端正な顔立ちでした。北京語を話しましたが、両親も名前も分かりません。

家に上げ、お風呂に入れ、パンとお茶を出すと、むさぼるように飲みました。寝かせて、翌日起きると、クリスマスツリーを楽し気に見上げていました。そして「この家の子になりにきました」と言います。着るものを買い、ノエルという名をつけました。彼はこの家の子になり、学校に通い、成人して医者になりました。

戦争が起こり、中国は二つに割れました。どちらの負傷者にも彼は同じように治療しました。共産主義者たちが勝利すると、アメリカ人は中国を去らねばなりませんでした。彼も連れて行こうとしましたが、「中国人のために残らなくては」と言いいます。弟と別れるような気持ちで、私たちはアメリカへ帰りました。

中国から逃れてきた友人から、彼は一人ぼっちで死んだと聞きました。広い地域に彼しか医者がいなくて、だれ隔てなく治療を続けました。ある日、外から呼ばれて出ていくと、撃たれて即死したということです。

あの遠いクリスマス・イブに、どこからとも知れず私を訪ねてきた、名前も素性も分からない小さな男の子を思い出します。

「宿屋に部屋もなく」:昔の少女時代、私たちの家族は中国の田舎にいました。毎年クリスマスには英国税管理の夫人が欧米人の子供たちのために、大きなレンガ造りのお屋敷でクリスマス・パーティーを開いてくれました。ゲームや音楽や手品などが披露され、最後にクリスマスツリーの後ろからサンタクロースが現れます。大きな袋の中から当時は見たこともない贅沢なおもちゃが出てきました。そして最後に美味しいケーキやキャンディーがふるまわれました。

我が家の大パーティーは、はるかに内輪で納屋で開かれましたが、楽しさは変わりませんでした。余興が始まり美味しい食べ物が出て、最後はダンスです。小さな子はレスリングやふざけっこ、赤ちゃんは眠ってしまいます。

父はキリスト教の宣教師でしたが、中国人にとっては孔子という人がいました。キリストより500年も前に”小人は他人を責め、大人は自らを責める”と言っています。アメリカが中国に与えた物は、クリスマス・ツリーなのです。中国では竹を使用しましたが。

黄河がしばしば氾濫していたころ、何万人もの飢えた人々が南から入ってきました。仏教徒、クリスチャンたちが救援活動をしました。それでも多くの餓死者が出ました。その年はクリスマスどころではありませんでした。国全体から見れば食べ物はたくさんありました。それを貧しい人々に渡す政府がないのでした。

あるクリスマスに、家のない子供を2人引き取ることになりました。広大な美しい我が祖国には、その子たちのための宿屋の一部屋もありませんでした。それから次々にアメリカ人とアジア人との混血の子供を引き取るように頼まれました。ある時は黒人との混血児を頼まれます。

その地の友人たちの助けにより、大きな農家を貸りて子供たちの家にして、「ウェルカムハウス」と名付けました。どの子もアメリカの子供たちです。それでも彼らの醸す雰囲気が、周りに影響を与えます。インドの鋭い知性、中国の快活さ、日本の優雅なしとやかさ、朝鮮の気品、、、。彼らは東と西を結び付けてくれます。クリスマスによって呼び覚まされた愛情が、生活の一部になります。

「クリスマスの真理」:息子が大人になった時「僕には良心がある。子供に良心を持たせることは、親のできる最高のことじゃないかな」と言いました。私は安心しました。寛大な人々には真実があります。寛大の前に善意があり、その前に自分の生活を愛さねばなりません。今は世の中がどんどん変わっています。それでもクリスマスが来て、貧しい人へささやかな贈り物をします。人々の間の平和と善意を願うことは、クリスマスの精神です。

*『大地』でピューリッツァ賞が与えられた作家のパール・バック。人々に対する心の広さと愛情の深さに打たれました。

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