日常的な話にみえるけれど・・・『春の庭』(柴崎友香)

春の庭

東京・世田谷線の駅から徒歩15分の所に築31年の「ビューパレスサエキⅢ」はあります。1階と2階に4部屋ずつあり、どの部屋にも12支の名前がついています。太郎は亥室です。30歳、離婚して今は独身です。アパートの誰とも付き合いはありませんが、最近2階・巳室の年配女性と鍵を拾ってもらった縁で、鮭とばを上げ、ドリップコーヒーパックを頂きました。

アパートの狭い庭のブロック塀に囲まれた向こう側に、水色に塗られた洋館が建っています。巳室の隣の辰さんがしばしばベランダから眺めています。太郎と同じぐらいの年頃の女性です。「素敵な建物でもっと良く見たいので、そちらの部屋のベランダに上がらせてほしい」と頼まれます。仕方なくベランダに入れてあげました。

そのお礼にと、居酒屋でご馳走してくれました。本名は西さん。「この家があの家なんです」と写真集を見せてくれました。『春の庭』という題。ほとんどがモノクロ写真で35歳のCMディレクターとその妻27歳の小劇団女優が日常生活を撮影してありました。小窓からの光が柔らかく緑色の風呂場の空間をてらしています。「この写真が一番好きです」と言いました。

「2階建て3LDK、家賃月30万円の家には住めなかったけれど、その裏手のアパートに住めたのは幸運だった」と言いました。「幼いころは名古屋の大規模な団地に住んでいて、東京に来て20年の間に4回も引っ越したので、階段や廊下のある家に興味があります。この写真集と出合ったのも高校生の頃です」とも言いました。

西さんはベランダで庭にやってくる鳥たちを観察し、季節ごとに咲く木々の花や蝶をクロッキー帳に描くことにしました。それが彼女のイラストレーターという仕事でもありました。3月の末に水色の家に家族が越してきて、「森尾」という表札まで取り付けられました。幼い子供が2人います。家自体が生き返ったようでした。

秋になるころ、西さんは森尾家の子供を介して奥さんとも友達になり、家に上がるようになりました。5歳の長男が喘息で、苦しそうでした。自分も経験のある西さんは「大人になると治りますよ」と励まします。家の中を案内してもらいました。居間のソファーで庭を眺めている時、満たされました。

太郎は駅までの3とおりの道をその日の気分で歩いています。壊したり建てたりする家が増えました。彼らのアパートもそろそろ立ち退き期限がきます。ある日の帰り、世田谷線を狸が横切って行きました。ビューパレスも次々に引っ越していって、残り3軒になりました。

連休が始まった日、北海道に住む友人から毛ガニが3匹も送られてきました。太郎は怖いので西さんに相談すると、森尾さんの家へ持っていきましょうと言います。そして風呂場を見るチャンスの手伝いをしてほしいと言います。夕方訪ねると、奥さんは喜びました。そして「私たちも福岡に引っ越すことにしたのよ」と言います。

茹で上がった毛ガニを美味しく食べ、子供たちは部屋の中をぐるぐる駆けまわり始めました。そして少年が西さんの背中に倒れこみました。テーブルのグラスが割れ、西さんの腕から血が出ます。「お風呂場借りていいですか」と西さんは言い、太郎が支えてお風呂場へ行きます。写真集と違って電気に照らされた風呂場でした。西さんはうっとりとタイルを眺めていました。その後タクシーで病院へ行き、3か所11針縫いました。森尾家の主人が来て、西さんに詫びて料金を払いました。翌日、家族全員で太郎の部屋に謝りに来て、少年がうつむいたまま「ごめんなさい」と言ったので、太郎は頭を撫でました。

一週間後、引っ越しをする森尾家から好きな家具をもらってほしいと言われて、太郎は4種類のソファと大型冷蔵庫をもらい、ソファでいっぱいになった部屋のソファーの上で過ごしました。西さんは先に引っ越し、お礼と彼女の漫画が読めるサイトのアドレスを書いたメールが来ました。

大家さんの息子が挨拶に来て、ここは取り壊してマンションにするとのことでした。2月の雪が積もった日に、姉が来てソファーをひとつもらってくれました。その座面とアームの間から小さな乳歯が出てきました。姉は地に埋めようと考えて、場所を探しに出ました。その同じころ、太郎は空き家になった水色の家に入り込みました。西さんは風呂場が好きでしたが、太郎は2階の和室が好きです。そこで眠りました。翌朝10時ころ、人が何人か入ってきて、撮影をしていました。2階から降りようとした太郎を、下の女が上へあがれという合図をしたので、窓から外へ出てアパートへ帰りました。

*都会に住む動物やよく見る植物の描写が丁寧で、憧れの家に対する思いも理解できましたが、不思議な雰囲気の物語です。

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