最後に涙が止まらない『朝が来る』(辻村深月)

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朝が来る

35歳同士の夫婦、栗原清和・佐都子は不妊症治療をしても子どもに恵まれません。テレビで見た「特別養子縁組」に引かれます。子どもを育てられない母親の赤ん坊を子供に恵まれない親が引き取る制度です。二人は養子を育てることを決心して、広島の「ベビーバトン」という団体へ行きます。そこでまだ少女のような女性から生まれたての男の子を引き取り、朝斗と名付けて育て、6歳になります。

男の子を産んだ片倉ひかりは14歳、中学二年生でした。同級生のかっこいい男子、巧と付き合い、彼のベッドで過ごして、その後妊娠を知ります。両親は教師、姉は有名女子大学に通っている堅い家で、ひかりだけが異質でした。親はひかりを病気ということにして、広島の「ベビーバトン」という施設に預けます。そこで男の子を産み、愛しいと思いながらも親の言うままに自分の親とあまり年の違わない夫婦に渡しました。「ごめんなさい。ありがとうございます。この子をよろしくおねがいします」と涙を流しながら、言いました。

それからひかりは学校に戻りましたが、巧のそっけないそぶりにがっかりし、両親とはぶつかり合い、17歳の時に家出をして広島に行きます。けれど「ベビーバトン」は間もなく閉めるところで、住み込みの新聞店を紹介されます。過酷な仕事でしたが、一生懸命働きました。ところが、同室だった女性が辞めた後、やくざ風の男たちから借金の保証人になっている紙を見せられて、脅されます。

新聞店主から迷惑そうな顔をされ、自転車に乗ってひかりはまた黙って逃げました。鈍行に乗り、横浜で降りました。そこで住み込みで働けるビジネスホテルの清掃の仕事を見つけます。真面目に働いていたある日、広島で脅されていた男から声をかけられて、びっくりします。広島の新聞店に出したお詫びと自転車の置き場所を書いた葉書を持っていました。そして保証人の書類をチラつかせます。

その男と顔を合わせるのが嫌で、ひかりはホテルの事務所の金庫からお金を「借りて」渡しました。ところが会計の初老の男性から「返してくれなければ、警察だよ」と言われます。そこで思い切って武蔵小杉の栗原家に、電話してはためらって切り、何度目かに出た妻に「自分の産んだ子を返してほしい。それが出来なければ、お金が欲しい」と伝え、家を訪ねる約束ををします。

マンションの34階を訪ねると、奥の部屋に通してくれました。夫婦揃っています。座った彼女を見たとたん、夫が「あなたは誰ですか?朝斗のお母さんじゃない」と言います。そして「これはあの子の広島のお母さんから預かったものです」とひかりが書いた手紙を見せてくれました。その時、チャイムが鳴って「ただいまぁ」と朝斗の声がしました。「どうします?会いますか?」という問いかけに、「申し訳、ありませんでした。私はあの子の母親ではありません」と言って、マンションを飛び出します。

歩道橋の上で、ひかりは穏やかな気持ちでした。私はあの家で「広島のお母さん」として生きているということに満足でした。それから1カ月、安いビジネスホテルやネットカフを転々としながら、もうこの世に自分は必要ないと思います。陸橋の上から下を覗いている時、雨がふってきて雷も鳴りました。その時、後ろから抱きしめられました。朝斗を連れた母でした。「ごめんなさい。わかってあげられなくて」そして朝斗に「広島のお母さんよ」と言います。こんな優しい言葉を初めて聞きます。ひかりは大声で泣きました。雨が上がって、オレンジ色の夕陽がさしてきました。

*最後は涙ぼろぼろでした。真面目に働く質のひかりなのに、誰からも味方になってもらえず、孤独な戦いをしてきています。そういうところに悪の手が入ります。ひかりが哀れで、これからは幸せになってほしいと切に願います。

著:辻村 深月
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